04« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»06

双極性障害になって考えた

  // 

数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

暇に任せた考え整理 

暇に任せて、もう一つブログ書きます。

病気からなんとか就職活動を初めて3年半経ちました。
その時は、病気を隠してクローズで活動し、最近辞めた会社に入りました。

約3年前は就職活動をするにあたり、一番に考えた事は病気が悪化するような会社には入らないこと。また、パワーを使う営業などを選ばない事を中心に考えていました。

しかし、実際に就職してみるとやはりある程度のパワーは使いましたし、事件にも巻き込まれ最初の一年間は再発するのでは、との恐怖がありましたし、実際に積極的に人に会う事は避けてきました。

一年はなんとか仕事だけするような状態が続き、どうしても合わなければならない友人とだけ会うようなにだけ合っていました。ようやく複数の人がいる集まりに出れるようになったのが、一年前からです。

そして会社から営業に移されたり、色々な部署をたらい回しにされているうちに元気が戻り、徐々にたくさん人がいてもその集まりに出られるようになりました。

そうこうしているうちに、人生のイベント、離婚が起こり悔し紛れにこのブログに書きました。離婚でうつ病になる人もいるくらいなので自分は大丈夫だろうか?と心配しましたが、特に酷くなるわけでもなく乗り越えました。今思えば、自分で言うのもなんですが、家庭にいて子供たちに休みの日に寝込んでいる姿をみられなくなった気持ちの方が上回っていたのかもしれません。

そして、会社にもだいぶなれた時に仙台転勤辞令。その時は、預金がほとんどなかったので辞める選択肢はありませんでした。いざ、仙台転勤になると転勤前に言っていた事と全然違う内容。しかし、お金を使うあてもなく貯金はすることができました。

それもあり、やらされる内容もこのままここで年をとって老いて行くだけの時間にとても我慢が出来なくなってきました。そちらの方が激しいストレスになってしまいました。仕事自体と通勤だけはとても楽でしたし、なんの変哲も無い人生と病気を治す事だけを考えていれば、そっちの方が良かったのかもしれませんが、先にも書いた通り、どうしても自分の人生を少しでも病気前に戻したい気持ちが出てきて、辞める決断をしてしまったと思います。

しかし、3年間会社に行けた事で大きな自信がつきました。それは多少の困難に合っても乗り越えられるくらいには体調が戻っていること。人にも積極的に会えるようになっている事です。

そんな事が積み重なったので、数年前には考える事が出来なかった営業職で今度は転職活動をするようにしています。また、かつてのトラウマ(私がやっていた以前の職種)が消えて、その方が自分にとっても勉強の量が少なくてすむし、その分他の事を吸収できるとの思いも出てきました。

リワークに半年通い、就職活動を3ヶ月行い、3年間会社に勤める事が出来てかなり病状が改善したと実感しています。もちろん薬は飲んでいますが。

会社には迷惑かもしれませんが、本当に良いリハビリになりました。会社も私の扱いを持て余していたようなので良かったのでは無いでしょうか。また、仙台で辞めた事も結果としては人間関係が構築される前に辞めたので、人間関係が構築されている東京で辞めるよりは良かったと思っています。

発病してから、6年弱経ちました。病床に伏して感情の激しい乱高下をしていたのは、今思えば2年間だったのか、と思うと短かった感じがします。

今までの会社は本当に人間関係で心に悪かったので、次に何をやるかは別としても人間関係が良い会社、仕事をしたいものです。そして次の目標はある程度お金をためて、金銭面で安定をしたいと思います。
関連記事
思った事。  /  tb: --  /  cm: 0  /  △top

コメント

△top

コメントの投稿

Secret

△top