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双極性障害になって考えた

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数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

プラトニックな恋15 

アイコのメールの書き方も、病気の進行と共に変わってきました。長文で一つの内容のメールでくるのではなく、一日の時間の中で書ける時に書いてある内容になってきました。

朝、昼、夕方、夜の時間ごとに書いてある事が一つのメールの中に書いてありました。当然内容もその時間ごとに、感じた事です。彼女はそのメールの中でたまに、意識がはっきりしている時に、少しでも嘘を書かず、自分の気持ちを、自分の感じたことを正直に書いておきたい、とありました。

それでも、私の夢物語のメールに対する返信だけは、心の中で未来を実現できないと分かっていても、夢見ることしかできないと分かっていても、その私の気持ちに答えるように、前向きで、いつかかなえたい、と言う応えがそのメールの内容の中にいつも書いてありました。

どんなに痛くてもモルヒネを打ってしまうと頭がぼんやりとしてしまい、メールを書けなくなってしまうから、痛みに耐えて書けるうちに、感じたことを書ける時に書いて、それをまとめて一つのメールにして送っていたようです。そして少しでも書けたら、モルヒネを打っていたようです。

後で聞いた話では、主治医が物凄く痛いはずなのに、良くそれに耐えてメールを書いている。すごい意思と忍耐を持った人だ、滅多にいない患者さんだ、と言っていたそうです。

私は、そこまでの痛みに耐えて書いているメールだとは思いませんでしたが、それでも送られてくるメールの内容でどんな状態かは想像ができました。

そんな状態だと分かっているからこそ、私が送るメールは夢物語でしたかもしれませんが、私自身は本当にそうなったら、そうできたらどんなに嬉しいだろうと思って書き続けました。送るメールは、前からなるべく難しい漢字は避けて送っていましたが、もっと読みやすくする努力をして書いていましたが、どうしても長文になってしまい、アイコは読むのにも痛さに耐えて読んでくれていたのでしょう。

私のメールがアイコの励ましになっていたのか?または少しでも希望になっていたのか?私が一方的に判断することは今となってはできません。私の送るメールのほとんど全てが、回復したら本当に彼女とやりたいこと、行きたいところ、を前提にした文章でした。

そんなメールでしたが、一緒にやりたいね、一緒に行きたいね、と全ての答えが過去形ではありませんでした。全ての答えがまだまだ現在形だったのです。彼女はきっと心の中では、来ないかもしれない未来を心から見て読んでいてくれたんだと思っていたんだと今でも信じています。

私も来ないであろう未来を自分の頭から打ち消して、心の底から望んで書いていました。もう私が書くメールのほとんどが励ましのメールではなくなり、二人で将来にしたいメールになっていました。嘘でもいい、でも私の書く内容が少しでも彼女の心にその気持ちを持ってくれて、頭の中だけでも、残された時間の中で想像し、本当にそうなった時の思い出を想像していて欲しい。そう思って書いていました。

彼女からの返信のメールもそれに答えてくれて、「あなたといつか行けるように頑張るからね、もっとメールを送ってね。」と言う返事も来ていました。私はきっとその気持ちは本心だったのだろう。現実と未来を分けて考えていたんだろうと感じていました。

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テーマ: メール・電話・会話

ジャンル: 恋愛

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