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双極性障害になって考えた

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数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

プラトニックな恋3 

アイコさんは、メルアドを交換してから毎日のようにメールを送ってくるようになりました。そしてある日のメールに日本に戻る事が書かれてきました。

それは決して私に会う、という事ではなくガンの治療のためでした。私はガンには詳しくないですが、その時はステージ2で手術を受ければ治る見込みが高い、そして日本にいる名医のところで手術を受けるための帰国です。

しかし、いざ手術となると、初めてであったせいか手術を拒むようになって、どうせ治らないから手術を受けず、抗ガン治療を行わずに死んでしまいたい、と書かれたメールが私のところにきました。義理の母も手術を受けない事に対して、なんとか受けて助かる可能性に賭けていたようです。

私は、何度か手術もしたし、自分の病気の時に自殺衝動にかられて未遂を起こした話などを書いて、どうにか手術を受けて欲しい、そして元気になって会いたい、内容を長々と書いて送りました。

そんなメールのやり取りで、「私は手術を受ける事にする。そして治して会いに行く」と書かれたメールがきました。きっと大変だったのでしょう。肺がんで大手術になったようでした。

その後、義理のお母さんから、彼女のタブレットを使ってメールがきました。そのメールには、「私のメールがきっかけになって手術を受ける覚悟をしました。本当にありがとうございました。」と書かれていました。

そのメールを見たときに、非常な嬉しさと、会っていなくても本当の気持ちを込めて文章を書けば相手に伝わり、心を動かせるんだ、という事。そして私のような人間でも人の役に立てて、その上義理の母親から感謝のメールを読んだ時に、私の心の中で、それまでもう自分には薬のせいで失っている、と思っていた喜びの感情が込み上げてきました。

アイコの出身地は、神戸で手術後にすぐに神戸に戻る、という事とガンからくる痩せてしまった自分を見られたく会い、と強く書かれたメールが来たので、私は意思を尊重し、会いには行きませんでした。今ではその時に一目会っておけば良かったと後悔しています。

神戸に戻ってからもメールのやり取りは、毎日、私が通勤する時の行き帰り、土日の休みの時に数知れないほどのやり取りをしていました。彼女の気持ちを全て察することはできませんでしたが、私は彼女のおかげで非常に人間性みたいなものを徐々に取り戻していったのを今でも鮮明に覚えています。
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テーマ: メール・電話・会話

ジャンル: 恋愛

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