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双極性障害になって考えた

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数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

最近のよく見る夢  

ここ一ヶ月ほど、全く同じ夢ではないけど、ほとんど内容が似た夢をよく見るようになりました。
その夢はなぜか、自分が学生に戻り、将来の進路指導をしてもらいながら、自分がこれからどう生きていくか考える夢です。
夢の中では、先生と言う訳では無く、誰かと相談してなんの勉強がこれからの人生に有利かを考えるのです。
私は必ずそこでコンピュータと英語を選んでいます。そして周りの人に強くそれを勧めています。
そして途中でおかしいな、自分は確か学生では無くて働いているよなぁ、と思い夢ともつかないうつつな気持ちになります。それがさらに進むと憂鬱な気分になります。もう学生では無いんだ、将来は決まっているんだ、と気がつくのです。
今でも、英語とコンピュータを使った職業に就きたいと思い、それに向けた活動をしていますが、年齢的な問題からなかなか上手くはいきません。
その気持ちが強く反映されているのか、と今朝考えてしまいました。今の仕事は義理、人情、そして根性の世界です。
とてもドメスティックな業界ですし、合理化とは程遠い世界での仕事です。
以前は、就職活動だったのでかなり焦ってどこでも良いから早く就職しなくては、との思いが強かったのですが、今はとりあえず仕事は出来ているし、転職活動なので焦っては活動をしてません。
きっと最近見続ける夢は、心の奥底で自分の望みが夢に出てくるのだろう、と感じています。しかし、夢で見るくらいに願望はあるのですが、昔みたいにパワフルになって活動出来ない現実もあります。
夢のように、若い時から本当に自分のやりたい事が明確になっていて、ヤル気があって、それに向かって行動出来る。そんな日々を送れるようになる事が、今の起きている時の夢です。
今日はどんなシュチュエーションで学生時代のような夢を見るんでしょう…
精神疾患で思う事  /  tb: --  /  cm: 0  /  △top

医者とクスリ  

この間の土曜日に行って来ましたが、精神科ってやっぱり言う事がだいぶ違いますね。
今日はクスリの説明を求めて詳しく説明してもらったんですが、やはりクスリに対する考え方がだいぶ違いました。また、飲み方も注意されました。
まずはラミクタール。今までは上と下を切るクスリだから双極性障害に有効なクスリだと説明を受けていました。
しかし、新しい医者の説明では高ぶったり落ち込んだりする感情を圧縮すると考えてもらったほうがいいし、副作用が強いクスリだとの事でした。前の医者では副作用の話は一切出ませんでした。
もう1つがリポトリール。やはり以前の医者は痛くなったら飲むように言われていたのですが、今の医者はしっかり食後に定期的に飲むようにとの指導でした。
最後にフルニトラゼパム。今までは一錠でしたが2条になりました。さすがに二錠にになると効きますね。飲んでしばらくすると、脚がもつれるくらいになってきます。しかも出来れば寝る2時間前に飲んだ方が良いとのこと。
今までの話とは随分違ってました。
どんな飲み方にしても、とりあえず今までやってこれたので、クスリの種類は変えずに、少し飲み方を変えて見ようよ思います。
何よりも楽なのは、医者に通うのが一月に一回になった事、それにクスリをもらうために、電車に乗って30分も移動しなくて良くなった事、最後はとにかく空いている事です。
空き具合は天と地の差があります。以前は診察までに30分以上。クスリをもらうのに30分以上。合わせて一時間以上の時間がかかっていました。
もらえるクスリも一緒だし、自立支援の無料期間は過ぎましたがそれでも一割負担。交通費を考えたらあまり変わりなくなります。
しかし、このままずっとクスリを飲むのかと思うとなんだか嫌な気分になります。気持ちはだいぶ落ち着いて会社に行けるようには戻りましたが。
決してクスリのせいとは思えませし、今の会社でのヤル気は出ないので、本当に物覚えが悪くて仕方ありません。まさに鳥頭です。三歩歩いたら忘れる事もしばしば。
せめて脚の痛みさえ無くなればと、朝起きると毎日思います。痛み、心の問題と付き合って行くには人生長いですから。
いつの日にか、原因が特定されて根本的に治せるひがくるのが待ち遠しくて仕方ありません。もっと苦労している人たちのためにも、一刻も早くそういう時代が来て欲しいと、毎日祈ってます。
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プラトニックな恋3 

アイコさんは、メルアドを交換してから毎日のようにメールを送ってくるようになりました。そしてある日のメールに日本に戻る事が書かれてきました。

それは決して私に会う、という事ではなくガンの治療のためでした。私はガンには詳しくないですが、その時はステージ2で手術を受ければ治る見込みが高い、そして日本にいる名医のところで手術を受けるための帰国です。

しかし、いざ手術となると、初めてであったせいか手術を拒むようになって、どうせ治らないから手術を受けず、抗ガン治療を行わずに死んでしまいたい、と書かれたメールが私のところにきました。義理の母も手術を受けない事に対して、なんとか受けて助かる可能性に賭けていたようです。

私は、何度か手術もしたし、自分の病気の時に自殺衝動にかられて未遂を起こした話などを書いて、どうにか手術を受けて欲しい、そして元気になって会いたい、内容を長々と書いて送りました。

そんなメールのやり取りで、「私は手術を受ける事にする。そして治して会いに行く」と書かれたメールがきました。きっと大変だったのでしょう。肺がんで大手術になったようでした。

その後、義理のお母さんから、彼女のタブレットを使ってメールがきました。そのメールには、「私のメールがきっかけになって手術を受ける覚悟をしました。本当にありがとうございました。」と書かれていました。

そのメールを見たときに、非常な嬉しさと、会っていなくても本当の気持ちを込めて文章を書けば相手に伝わり、心を動かせるんだ、という事。そして私のような人間でも人の役に立てて、その上義理の母親から感謝のメールを読んだ時に、私の心の中で、それまでもう自分には薬のせいで失っている、と思っていた喜びの感情が込み上げてきました。

アイコの出身地は、神戸で手術後にすぐに神戸に戻る、という事とガンからくる痩せてしまった自分を見られたく会い、と強く書かれたメールが来たので、私は意思を尊重し、会いには行きませんでした。今ではその時に一目会っておけば良かったと後悔しています。

神戸に戻ってからもメールのやり取りは、毎日、私が通勤する時の行き帰り、土日の休みの時に数知れないほどのやり取りをしていました。彼女の気持ちを全て察することはできませんでしたが、私は彼女のおかげで非常に人間性みたいなものを徐々に取り戻していったのを今でも鮮明に覚えています。

テーマ: メール・電話・会話

ジャンル: 恋愛

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プラトニックな恋2 

彼女、アイコはアメリカ人の母親と日本人のハーフでした。アイコの人生は私には比べものにならない幼少期を送ったようです。
それは家庭のDVでした。その為に家から出て教会に保護されて、その中で育ったそうです。だから母親と呼んでいる人は、本当の母親ではありませんでした。
そんなアイコは、その悔しさを勉強する事に充てて自分でお金を貯めて、アメリカに行き、誰もが知っている一流の大学を卒業しました。
その後、ファンド会社に就職し、ただひたすらに人生を取り戻すように働いていました。恋愛など見向きもせずに。
そんな彼女が自分の異常に気がついたのは、私のブログを読む1年前だったようです。アメリカで働いている最中に、胃の痛みを感じて、でもそれを我慢して働いていたようです。
そんな中でたわいもない、双極性障害のたわいもない私のブログを毎日呼んで、私の事を少しずつ知っていったようでした。
そんなアイコがある日を境に、私にコメントを送ってくるようになりました。そのコメントでのやり取りがネット上での私との交流の始まりでした。
私は、度々コメントが来ていたので、最初はごく普通にコメントを返信していました。本当に最初は感想に対する、お礼などでした。
私は自分の置かれた状況をたまに書いたりしていましたが、今思えばはるかに私より深刻な状態でした。それはある日の事ですが、私の病気に対して自分は癌である事をコメントに書いてきたのです。
その時に私が励ます役割に変わっていきました。
しかし、コメントだけのやり取りは非常に伝えたい文字数が限られていたので、アイコの方からなぜアドレスを聞き出してこないか?と書いてあったので、私は自分から女性に要求するのは失礼だと思ってる事を伝えると、彼女の方からコメント欄にアドレスを書いてくれて、そこからメールのやり取りが始まりました。

テーマ: メール・電話・会話

ジャンル: 恋愛

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本当のプラトニックな恋1 

このブログを通じて、本当にあった私のプラトニックな恋愛について、これから少しづつ書いていこうと思っています。

その人とは、全く会ったことがなく、ネット上でやりとりしていました。彼女は私とメール交換を始める一年以上前から私の事を知っていました。

その人は、私のブログを読み始めた時はニューヨークで働いていたようです。なんの変哲も無い私の日常の感想を綴ったものが、あまりにも普通すぎて気に入って読んでいたようです。

そんな彼女とのネット上での本格的な出会いから、別れた事までを思い出しながら少しづつ書いていきたいと思っています。

その理由はたった一つ永遠にその人のことを忘れずに、そしてネットの世界に大切に私の言葉で記録しておきたいからです。彼女とは永遠に会うことが出来ません。なぜならもうこの世の中にいないからです。

私はその人と死別するまで、その人とネットの世界だけで恋をしていました。その人に出会わなかったら私は一人で乗り越えられなかった事がその間に何度となくありました。

その人は私に、薬づけになって感情が無くなっている、と思っていた私に感情を取り戻させてくれて、その後の私の生活に大きな変化を与えてくれました。

その彼女とはほんの数ヶ月の出来事でした。でも私には永遠に私の心に残る数ヶ月となりました。全く会ったこともなく、メールで付き合っていただけの女性。ネットの中だけの女性。もう亡くなってしまった女性。

未だにやりとりのメールを消すことは出来ません。自分にとっては辛いことも思い出すかもしれませんが、もう一度そのやりとりを読み返しながら、ブログに綴っていきたいと思います。彼女と私のために。

テーマ: 恋愛・出会い

ジャンル: 恋愛

ネットでの恋  /  tb: --  /  cm: 0  /  △top

人生ってなんだろう?考えてみた。 

昨日は、Huluの見過ぎで人生について考える映画を見てしまいました。いつも考えているのですが、最近思っていることは「居場所」を見つけることではないかと思い始めています。

居場所と言っても、物理的な空間、土地や家ではないと考えています。物理的な空間である場合もあるとは思いますが。でも、ある人にとっては仕事。ある人にとっては家庭、単なる空間ではないこともあります。

今の私には、その居場所がない気がします。強いて言うならインターネット内が私の居場所になっています。今でもツイッターは私の心地よい居場所になっています。
その理由は、辛いことを呟いても、毒を吐いてもあまり害がなく本音を言えるからです。

ブログもそうかもしれません。私は勝手に自分の思ったことを、ブログで勝手に表現しています。考えた結果、思ったこと、感じたこと。誤字脱字を気にしないで、誰かに読んで欲しくて書いているわけでもなく。

そんなことから今の私はインターネットがある意味、心地よい居場所になっています。
でも、今は少しづつリアルな居場所を探している自分がいるのも自覚しています。

ここ半年くらい前から心境に変化が訪れてきています。本当の自分の居場所はなんなんだろう、どこなんだろう、と再度考え始めています。

私が今考えている居場所は、どこではなく、誰と、ではないのかなと。。。
私にとっては最初に誰とであって、その次に何をしているのか、そしてどこにいるのではないかと。

大半の人が何となくそれを感じてはいても、明確になってはいない気がします。特に若いうちはほとんどぼやけている気がします。

人生は旅である、とよく言われますが、旅の先には目的地が待っています。人生の最終の目的地は「死」だと思います。その時に、誰と何をしてどこにいるのか?
それをおぼろげながらも考えて、もう少しはっきりしそうな気がします。

はっきりしたらそれに向かって、少しづつ行動を始めたいと思います。
ただ、ゆっくりと。


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ブログとアフリエイト 

今日は外出して戻ってきましたが、一人暮らし。テレビもなく、昨日は一日中Huluの世界。そして長時間睡眠。取り立ててやることもなく、少し自分の中でのアフリエイトの事を書いておこうと思いました。

ブログを始めたのは原点に回帰する!という中で書きましたが、だったらアメブロでもいいんじゃない?と思うのが当然かもしれません。しかし、あえてそこをアフリエイト付きのブログに引越しをしたか理由があります。

一つは非常に単純です。お金が欲しいからです。とはいえ全くお金になっていませんが。別に必死に読まれる記事を書いているわけでもないですし、読者なんてたかがしれてるかもしれませんが。でも不思議と微妙にお金が増えている(極めて少額ですが)時があるので、多少なりとも効果があるのでしょう。

もう一つは、これだけお世話になっていて書いていいのかわかりませんが、アメブロは凄く機能がありどうも単純なブログを書けないし、他のアフリエイトがいっぱい出てきます。そこで私は単純にブログを書ける方に引越ししました。

最後の一つは、アフリエイトかもしれませんが、病気になる前、酷い病気の最中、病気が安定してからも自分がお世話になった商品の広告を出しています。

やはり自分がいいと思ったものしか載せることが出来ませんし、自分が良いと思ったものを広げたいのは誰しにもあることだと思います。

しかし、あえてアフリエイトのためのブログではなく、スタンスを崩さずに書いていこうと思っています。たまにその中にHuluは頻繁に出てきますが、書いてあることは事実なんで。。。

Huluに関しては、一度ちゃんと書いてみたいと思っています。宣伝広告ではなくて、どうしてそれに助けられたかです。

同じようになぜそれがいいと思ったかも書いてみたいと思います。アフリエイト的になってしまうかもしれませんが。なるべく本心から書いてみたいと思っています。

おそらく感想文みたいになってしまうと覆いますが。。。
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書かなかった 

ちょっと事情があり、日曜日から水曜日までずっと休み。生活のリズムが全く崩れてしまいました。その結果は案の定、ブログは書けない。
毎度の事ですが、大抵休みが長くなると勝手に体が冬眠モードに入り、ずっと布団の中でhuluをずっと見て、お腹が空いたらとにかく部屋にある何かを探して、食べ尽くして食料が無くなったら仕方なしにコンビニまで行く、と言う生活になってしまいます。
今日はどうしても、と言う用事があり外出するので、やっと起動モードです。しかし、頭は冬眠モード。これでまともに人と話せるか?と言う感じです。
そんな訳で当然、ブログなんて書く訳も無く…
やはり少し落ち気味なのが、ブログを書いていると分かります。書きながらも気持ちは下向き。
huluを見ていても、前向きな映画を観て落ち込んでしまいましたから。
希望を持って生きるのは、なかなか難しいですね。
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毎日書いていないと 

ブログを頻繁に書いていた時と比べると、今は二つの違いを感じています。
一つは 単純に文章が上手く書けなくなっている事。
もう一つは、書く内容が浮かんでこない事。
毎日ブログを書こうとして、何を書くか考えますが、あまりタイムリーだと、仕事の人に読まれてしまう可能性があり、なかなか書けません。
それはプロフィールがあまり会社にとっては、知られたく無い内容ですし、日々の事を率直に書くとやはり読み手に知り合いがいると、その人に変に伝わったら、と思ってしまいます。
そんな事を考えると、良く以前は話題を毎日考えて、書いていたなと実感します。
とりあえず、昨日の変わった事を書くと、非常に疲れて眠かったせいか、移動時間中に山手線の中で寝てしまい、一周以上してしまいました。
本来なら降りなければならない駅をはるかに通り越していて、半分以上先の駅名をうつらうつら聞いた時にかなり寝てしまったんだ、とぼーっとして再び寝てしまい、危うく二週めに突入してしまうところでした。
昨日のタイムリーな話題で書けそうな事はこれくらい。なんとかまた書き続けて、前のように上手く書く内容が浮かんでくるようになれるまでしばらくかかりそうな気がします。
焦らずにゆっくり…
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子供たち  

昨日、年が明けてから初めて子供たちと会いました。仕事が終わる時間と場所が良いタイミングだったので平日の夜になりました。
一番下の子とは年始に旅行に行ったので、年明け初めてではありませんでしたが、上の子供たちは年が明けてから初めてでした。年が明けてからだいぶ時間が経っていたし、ラインだけでやりとりしていたので実際に会うまで、本当に会えるのか少し現実味がなく、実際に会うまでは寂しい気持ちが増していました。
しかし実際に会うと本当に嬉しい気持ちが込み上げてきました。
夕ご飯を食べに行ったのは、私が初めて社会人になった時によく上司に連れて行ってもらった場所です。その時は気がつきませんでしたが、この年になると当時の会社にいた事がどれほど良かったのか、とても良く分かりました。そんな話を子供に伝え、少しでも自分の失敗を伝え、しっかり生きる事を言葉だけでは無く実際に伝えたかったので、その店を敢えて選びました。
そんな話をしたり、子供達の近況を話しをして、あっと言う間に時間は過ぎてしまいました。平日だったせいもあり翌日は学校、仕事があり少し早めに切り上げました。
帰りは同じ方向にだったので、みんなで一緒に帰りましたが、その中で一番話しをしない子が私の隣で帰りの電車はその子とずっと話しをしていました。私が好きなバイクをその子も好きになり、すっかりとバイクの話で盛り上がり、いつか二人でツーリングに行きたいね、と言う話しをしたら、頷いてくれて本当に嬉しい気持ち、幸せな気持ちになる事が出来ました。
しかし私の不安は、果たしてこれからの年でもう一度バイクに乗る事が出来るのだろうか?と言う事です。今の所得ではとてもではありませんが、養育費の事を考えているとバイクなんて買う事も出来ません。しかし例えそれが実践出来なくても、一つの希望が心の中に芽生えました。
そんな中で一緒に北海道に行って、レンタルバイクを借りてツーリングしようとの話になり、同意してくれたので、まさかその子がいつか一緒に行こうね、と言ってくれた事がその日の一番嬉しい話でした。
しかし、いざ家に帰る時に子供と同じ電車なのに途中の駅で降りて、一人の寒々しい部屋に帰ると無性に寂しい気持ちが込み上げてきました。
いずれは子供は巣立って行き、離れる事が分かっていても早過ぎる別れはなかなか辛い気持ちになるんだと改めて感じ、やるせない気持ちになって、少し多めに睡眠薬を飲みすぐに寝てしまいました。
改めて家族とは何かと言う事を考え、果たして離婚などしないで我慢して家族を維持する事が良い事なのか?それとも寂しさに耐えても離婚をした方が良かったのか?答えは出ません。
しかし過ぎてしまった事をやり直す事は出来ないのは十分に承知していたつもりでしたが寂しい気持ちは消えないで、子供とは血が繋がった家族だと実感しました。。出来る事なら毎月会いたいものですが、今の所得では少し苦しい事も事実です。
昨日は改めて子供の存在の大きさを実感した1日になりました。
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