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双極性障害になって考えた

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数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

無機質な日々 

そろそろ書かないと記録にもならなくなってしまうので、ここ最近感じている事を書いておこうと思います。

人は日にちを一日単位で捉えていると思います。

しかし、私は最近一日と考えずに、一回と考えてしまっています。
一週間は全部で7回、同じ事を毎日しているので、一日が終わったのでは無く、一回過ぎたと考え土日が休みの時は二回の引きこもり。

毎日が本当に淡々そ過ぎて行きます。その淡々さが一日では無く一回と思わせてしまっているのでしょうか?

そして、後何回寝れば状況が変わるのか考えてしまいます。

東京にいれば自分で多少の行動によって、状況を変える事も出来ます。しかしここでは下界に降りないでいると全く何の変哲もないので、変化を感じ取る事が出来ません。

そしてお金は溜まるのですが、給与の残りの範囲でしか貯められず、前にやっていたアルバイトも出来ないですし、毎月貯まるお金も極僅かです。

先日、思い切って東京の会社に転職活動をしようと申し込んで見たのですが、やはり東京の会社はここからはなかなか難しいようです。しかし、地道にやって見ようと考えています。

ただ、転職活動をしようとすると考えてしまいます。考えると毎日が逆に辛くなってしまいます。考えを止める事が唯一、一日、私にとっては一回を辛く無く過ごす方法になってしまっています。

多くの人はこのような中で生きているのだとは思うのですが、私にとっては生き甲斐もある訳ではでは無く、より一層無機質な日々になってしまっているのでしょう。

しかし、書こうと題材を探してもこれと言ってないので、またしばらく書かないままになってしますでしょう。
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とりあえず何か書いてみた。 

転勤して来てから、今まで以上にやる事が無くなってしまいました。

特に無趣味になってしまった私には転勤によって、それが加速したのが良く分かります。会社までは松葉杖を使わなくなり、代わりに自転車になったので、通勤時間は10分。

その行き帰りの間には、小さな食料品店が一軒。二日に一回夜食を買います。そして家に帰ってきてお風呂に入って、夕飯食べて一日の終わり。あとはウダウダパソコンでhulu見たり、youtube見たり。でも最近はそれさえも面白く無くなって来ました。

そして朝起きて、ギリギリまで布団の中で過ごし、また自転車で会社行って本当につまらない仕事して。

こんな毎日の繰り返し。唯一の良いとろころ、本当に何もする事がないのでお金は貯まるかもしれない事です。

そんな中で考えてしまいのが人生の意味。何で、何の為に生きているんだろう?とふと思ってしまいます。

保険金を計算すると、今死んでも、これから働いて子供に渡す額よりも遥かに多いんです。ついついこんな事が頭をよぎります。

そうかと言って、希死念慮みたいな感覚は出ずに自殺はしようとは思っていません。それに自殺は周りが鬱で自殺した人を何人んか見ているので自殺はしようとは思わなくなっています。

しかし、このまま生き続けるのはどうかと毎日考えてしまいます。

東京にいるときは、きっとなんだかんだで刺激があったのでしょう。もう少し前向きだった気がします。

今の仕事から抜ければ、もう少しマシになるんでしょうか?

本当にネガティブな事しか書く事がありませんし、そもそも書く事がありません。

次にブログを書くにはいつのことになるでしょう?
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バスの旅の続きと東京 

なんだかんだで、着いてみるとバスの旅はなかなか快適でした。時間はかかりましたが、三列シートと言う贅沢をしたので、隣の人も気にならず。
思ってたよりも疲れもありませんでしたし。強いて言うなら、とにかく暇つぶしが厄介だったくらいでしょうか。眠れれば良いんでしょうが、やはり睡眠薬を飲まないと寝れない体質になっているので。
今は帰りのバスの中ですが、行きのバスよりは少しだけ狭い気がしますが、直行便みたいで一時間半くらい早く着きます。
これなら次のバスの旅もなんとか凌げそうです。そのバスの旅は、仙台から東京に深夜バスで戻ってきて、朝一番のバスで青森まで向かう、と言うなんとも無謀な行程です。転勤の話が出る前に予約してしまった子供との旅行ですから…
1ヶ月ぶりに戻った東京ですが、たった1ヶ月離れていただけでも随分と捉え方が変わってしまったのに気がつきました。
一番大きなギャップは人の多さ。転勤先は仙台とは言え、中心部から離れているし、住んでる人のほとんどが車で移動しているので、歩いている人を見るのは、かなり稀です。会社から自宅まで30分かけて歩いても、人にすれ違う事もない時がありましたし。
しかし東京は、なんと言う人の多さ。こんな所に住んでいたんだ、と思ってしまいました。しかもその人の多さが夜になっても途切れない。夜の12時近くになっても山手線なんて座れない。分かってはいましたが他を知ってしまうと、ちょっと新鮮に驚きを感じました。
次のギャップは、お金の使う場所、と言うかお店の数。今住んでいる場所は何度も書いてしまいますが、会社から自宅まで、歩いて行ってるのですが、お金を使う場所はその間に3箇所。自動販売機だけ。
しかし東京は凄い。どこに行っても歩いていれば物凄いお店の数。新宿にご飯を食べに行ったんですが、眩しいばかりのネオンの数とお店の数。これも知ってはいたものの、不思議とビックリ。宣伝広告の数も半端じゃなく、誘惑だらけ。
禁欲しょう、貯金しょうと思っていた私もついつい予定以上にお金を使ってしまいました。
今住んでいる所は、お金を使う場所もありませんし、オシャレなんて気にもしなくて良いので、お金の使い道がありません。
お金を使える場所は、せいぜい家から10分歩いたセブンイレブンだけ。歩いていても誘惑されるような宣伝そのものがありません。
お金に対する意識がまるで違ってしまいます。今住んでいる所は知り合いもいませんので、遠出する事もなく、禁欲しなくても自然と欲が無くなる生活になってしまいます。
田舎に行けば、それほどお金を必要としない生活を送れるのも納得です。それに輪をかけて車が無ければ、本当にお金を使いません。
引越しして一番お金を使ったのは、足の怪我の病院代、となんともおかしな現象に。
それまでは田舎に行く時でもお金が必要だろうな、と思っていましたが、それはあくまでも東京の感覚です。田舎に行ってしまえばお金を使う場所が無いのだから必要ないですし、年とともに宣伝広告に触れなければ、取り立てて欲望も出て来ません。
こんな印象を強く感じてしまったある意味での帰省でした。帰る所は無いのですが…行ったと言うのも違和感がありますし…
戻ったら、また自然と欲や興味も再びとざされるのでしょう。夏休みも明日で終わり。今日からまたセブンイレブンだけの生活。
とてもギャップを分析するのが楽しい夏休みになりました。
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脚を引きずってバスの旅 

一通りゲームも終わり、やる事が無いので久しぶりにブログのロングが書けそうです。それは帰省?で東京に行く長距離バスで移動中だからです。
またまた、勝手きままに書いてます。
昨日から夏休みが始まりましたが、昨日1日はうだうだする日に使いました。脚が痛いので出来るだけ動かないでいたかったのと、早く東京に戻ってもやる事が無いからです。
新幹線で昼間移動するとバスの半分の時間で、料金は倍します。早く着いた所で取り立ててやる事がないし、お金もセーブしたいので、夜行バスも使わず昼間のバスの旅を選びました。
とりあえず住んでる所から、バスに乗るターミナルまで行かなくてはなりません。家から最寄りの駅まで普通に歩いて30分、私の今の脚だと45分と読んで出発しました。
しかし、途中で間に合うかどうか微妙になり、速足をしました。すると脚が痛くなったのは当然です。その痛い脚を引きずって、ギリギリ電車に乗れました。
そして、都会に出てバスターミナルを探しながら、ドラックストアに寄って買い物。それは膝のサポーターです。
どうも直に病院で出された膝の装具(サポーターの大げさな感じの物)を直にはめるとサポーターの動きで肌が擦れて、切れてしまったりしたために、その下に何か挟もうと考えてました。
家を出る時はタオルを巻いて、その上に装具をしたのですが、タオルは伸縮性がなく歩いていると痛いのです。それでドラックストアに行ってサポーターを買う事にしました。
で今度はかなり時間にゆとりを持ってバスターミナルに着きました。新宿に向かうバスは30分に一本くらい出てるみたいで、着いた時に新宿行きのバスが止まっていた時は、私が時間を間違えているのか確認をしてしまいました。
やはり、時間はかかっても安く行こうとする人は沢山いるんだなぁ、と感じました。私もその中の一人で新幹線の半分の値段で往復出来ます。
しかし、バスで行くとかかる時間が六時間半、飛行機のフライト時間に換算するとハワイまで行けてしまうからビックリです。時間がかかる要因の一つに福島に寄って、更に人を載せるから見たいです。
予約したバスは三列シートのユッタリ型、思ったより快適で、これなら長い時間も耐えられそうです。一昔前の飛行機のビジネスクラスくらいでしょうか。
今月はもう一回、しかも夜行バスに乗らなければならないので、良いリサーチになりました。今度はバスで六時間半かけて戻って、八時間かけてバスの旅をするので少しビビっていました。でも、三列シートなら睡眠薬を飲んで寝てしまえば、なんとかなりそうです。
基本的には上り方面に向かっているので、盆休みの恐ろしい渋滞は無いようです。既に反対側車線は長い渋滞。なぜみんなお盆に帰るのでしょう?そろそろ東京に何世代かに渡って住んでる人達はだいぶ多くなってるから、帰らなくても良い人が増えてるんでは無いでしょうか?
それでも私の乗っている高速バス以上に時間をかけて帰省なるものをするんですね。硬い田舎の絆なんでしょうか。
私は自分では不思議な感覚です。東京に帰る、と言うのが正しいのか?東京に行くと言うのが正しいのか?帰る場所は無いので、正しくは東京に行くになるのでしょうか。
バスで寝ようとして、昨日徹夜をしたので少し眠気が出てきました。今回の旅の感想は帰りにでも書こうかな、と思ってます。
しかし、ブログって私はある程度の時間を移動しないと書かないんですね。とどうでもいい事を考えながら、いったん終わりにします。
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そろそろ書かないと… 

この所全く書く気が起こらないまま、ブログを放置していました。確かFC2のブログって有料でも3ヶ月放置すると広告画面が出てしまうとか。それだけは防ごうと無理やり書きました。

ブログを書いていない間にあった事は、確か左脚の膝の靭帯を切って、そのまま引っ越しした事くらい。

確かこれは書いてないんじゃないいかな。。

左脚の靭帯を切った理由は、自転車で大転倒してどうも外側に足を曲げてしまったのが原因です。引っ越し前にやって引っ越し先まで痛い足を引きずって、移動しました。その移動中の痛さと言ったら、よくもあの足でここ迄来れたなっと言った感じでした。

あまりにも痛くなって来たし、医者に行かないのも怖かったので救急病院を紹介してもらい行きました。とりあえずその日はレントゲンを撮って骨折をしていない事を確認して、簡易ギブスをはめて新居に帰りました。

松葉杖も借りたので、転勤してからの初出社はみんなを驚かせました。そして上司らしき人と話し合って、MRIを撮って確実に会社に来れる状態を確認してから来てください、と言うことになりいきなり一週間の有給休暇になってしまいました。

そして、脚も痛いので全く外にも出ずにひたすら部屋の中で寝っぱなし。インターネットの工事も来ていなかったので、本当に暇でした。

インターネットが引かれるといつものhuluを見れるようになったので、またまたhulu三昧の日々を後半は過ごしました。
そしていよいよMRIの日に。靭帯が切れていれば手術で、非常にその辺を心配しました。

まぁ、結果としては靭帯は切れておらず、ギブスでガチガチに固めることになりました。そして松葉杖で歩くことに。生まれて初めての経験でした。

そんな感じで家と会社の歩いての往復の毎日が続き、やる気はないは、出ないはで、全くブログも書く気にもなりませんでした。

明日はいよいよギブスが取れて三週間ぶりにお風呂に入れます。そして二足歩行に戻ります。

しかし、ここでの生活が2年続くと思うとそれだけで憂鬱になります。強いて良いところをあげるとすれば、思ったより何もないのでお金はたまりそうです。

とりあえず、それを希望に耐えようと思います。

しかし、引っ越しと重なって靭帯を切るとは。。。

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あまりにも。。。元妻は 

怪我をしたことを一応、元妻に話しておこうと思いました。その理由は単純で、本当に手術、長期入院となった場合、前回のうつ病で有給を使い果たしてしまったので、少しでも休もうものなら休業になってしまい、養育費を入れられなくなる可能性があるからです。

それを恐らく電話しても出ない、と思ったのでSNSで書いて送る事にしました。

前回、少しうつっぽくなって会社を休んだ時もそうだったのですが、全く心配の文字は一つもありませんでした。躁鬱病は完全に治る事はなく、二度目は靭帯を切って手術になる可能性。全く心配の言葉がありませんでした。

元妻にも何かしらの言い分があるのでしょうが、私はちょっと複雑な気持ちになりました。せめてどんなに頭に来てても形だけでも心配の言葉はないのでしょうか?

私は昔から気がついていました。元妻が何かしら私に対してポジティブな発言をする時はお金を渡した時だけ「ありがとう」と言ってました。今でもお金を振り込んだ時だけ「ありがとう」と言う返事が帰って来ます。

自分を哀れむつもりはありませんが、両方とも軽傷ではありません。特に今回は転勤で地元から遠く離れて、知り合いもおらず寂しい思いが倍増しています。

私はそんな中で少しは「大丈夫?」と言う文字を期待しましたが、甘かったようです。普通ならこれだけでショックを感じてかなりうつっぽくなっても不思議ではないと自分では思います。

復縁なんて少しも考えていません。そんなところがとても嫌で仕方なかったからです。仮に私が悪かったとしても、その数値が100%なんてあり得るのでしょうか?

ちょっと悔しいのでもう一度書いてしまいますが、なぜ決して人が聞いたら小さな事ではないのに「大丈夫?」と嘘でも書けないのでしょうか?

数年前に今の決断をしていてくれれば、私に人生は全く違う方向に進んでた、と思います。ある意味自分の内面が心から望んでいた方に。

しかし、子供の事を強調され思いとどまってしまった自分が本当に情けなく思います。望んでいた方向に行く決断を子供の事を考えて行けなかった自分が問題なのですが。

今日で靭帯を傷つけて、一週間以上経ちましたが、助けたりいたわってくれる人は全くいない土地です。子供とも遠く離れています。

やはり、現実とはこんなものなのでしょうか。。。


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