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双極性障害になって考えた

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数年前から双極性障害Ⅱ型を発病。社会復帰したものの適応が上手くいかず、その中で日々思う事を書いてます。

会社最後の日 

今日で会社勤は一旦終わりです。

今日ですが、もしかしたら躁状態かもしれない、などと思ってしまいました。
でも、ここ最近落ち込んだ形跡がないのに加えて、未知の未来をとった気がします。

話は変わりますが、結局転勤先で仲良くなったのはインドネシアから来ている研修生とだけでした。
地方の人からすると失礼かもしれませんが、研修生も言ってましたが、受け入れられるのに一年くらいかかった、と話していました。私も東京と言うよそ者だったのでしょう。

お別れ会を開いてくれるのは、インドネシアの人たちです。恐らく彼らも私と同じ境遇に有ったので、急に仲良くなったのもお別れ会をしてくれるのも、そのためだと思いました。

とりあえずは、会社を辞めましたがこれから先、また会社勤めをするのか、それとも自分で何か探すのか考えています。恐らく世間は甘くないので、今度こそかなり一生懸命やらなければならないと思います。

病気が何より心配で、一生懸命やって働いて倒れたらどうしよう、と言う気持ちがいっぱいですが、その時は諦めて障害者枠でもいいかなぁ、それとも田舎に転職しようかなぁ、なんて未知の世界を考えています。

しかし、辞めた途端にブログネタが浮かんでくるので、今までの生活は本当に無味乾燥だったのでしょう。
これからまたブログ再開します。
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会社を辞めた  

本当に久しぶりのブログになりました。
3年勤めた会社を辞める事になりました。
きっかけは色々ありますが、もともと辞めたい会社でした。
理由はいくつかあるのですが、やはり一番は会社の雰囲気が自分には会いませんでした。
ちょっと理不尽なこともありました。
その理不尽とは、気まぐれで人事をすることです。
東京にいる時から転職活動はしていたのですが、その矢先に仙台へ転勤。
就職活動ができなくなってしまったのも、原因の一つです。
そこで年齢もあり、病気のこともあり、このまま人生がこの会社で終わることが納得出来なかったのです。
私がまだ東京勤務の頃、一度うつ病の診断書を出し一ヶ月近く休んだことがありました。
そしてそのことが有って、年次の人事で仙台転勤を命ぜられましたが、その時は軽い業務で定時で帰れるし、スキルが身につけば、今後会社にいても重宝されるから、と言う内容でした。
そうして、赴任。すぐに現地の上司から、「こちらには、こちらのやり方があるので従って欲しい。ついては工場に一度入り、その後現場に出て欲しい。」と言う内容でした。残業のない、うつ病に優しいはずの転勤が一転して、うつ病に良くない転勤へと急に変わったのです。
そうなるとこっちも全くやる気がなくなり、それは見事に周囲にやる気のないオーラを出しました。その二度の呼び出しを受けて、「やる気があるのか?」と問いただされて、二度目には「もうやる気はありません。辞めます。」と自分から言ってしまいました。
そうなると向こうも早いもので、「それではいつ辞めるか?」と言う話になったので、私は「なるべく早く辞めたい」と返答したらすぐさま辞めるスケジュールが決まってしまいました。
結局は相手もその会社にとっての特殊な技術を持っていなかったので、単に給与の無駄払いと考えていたんでしょう。
辞める!と決めても、特段不安になったり、先行きの展望が見えず悩んだりすることはなく、むしろこれからの人生の冒険に出るような心境です。
転職回数も増え、年齢の件もあるので仕事を見つけるのは大変でしょうが、そこは割り切って今度の転職は無理に自分のかつて得てきた経験を殺す転職方法ではなく、経験を生かす転職をちょっとゆっくり探すか、起業でも考えて見ようと思っています。
私の人生は山あり谷あり、になってしまってますが、これも一つの人生、と割り切って生きていくしかないと思っています。
今後はブログに書くネタも出てきそうです。ネタのない人生は終わりにしました。
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どれくらい書かなかったか… 

日常があまりにも機械的。

会社に行って、早く終わって欲しいと思いながら働いて、その仕事内容は毎日同じ。

仕事から帰って、お風呂はいって、ご飯食べて寝る。

休日は疲れて寝っぱなし。

二日に一回は食料を買いに行くけど、買うものは一緒。

生活に工夫の余地がない?かそれとも気がないのか?

刺激がないから工夫が出ないのか?

しかし、やる事がない、刺激がない、と人間はこうも思考が変わるのか…
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無機質な日々 

そろそろ書かないと記録にもならなくなってしまうので、ここ最近感じている事を書いておこうと思います。

人は日にちを一日単位で捉えていると思います。

しかし、私は最近一日と考えずに、一回と考えてしまっています。
一週間は全部で7回、同じ事を毎日しているので、一日が終わったのでは無く、一回過ぎたと考え土日が休みの時は二回の引きこもり。

毎日が本当に淡々そ過ぎて行きます。その淡々さが一日では無く一回と思わせてしまっているのでしょうか?

そして、後何回寝れば状況が変わるのか考えてしまいます。

東京にいれば自分で多少の行動によって、状況を変える事も出来ます。しかしここでは下界に降りないでいると全く何の変哲もないので、変化を感じ取る事が出来ません。

そしてお金は溜まるのですが、給与の残りの範囲でしか貯められず、前にやっていたアルバイトも出来ないですし、毎月貯まるお金も極僅かです。

先日、思い切って東京の会社に転職活動をしようと申し込んで見たのですが、やはり東京の会社はここからはなかなか難しいようです。しかし、地道にやって見ようと考えています。

ただ、転職活動をしようとすると考えてしまいます。考えると毎日が逆に辛くなってしまいます。考えを止める事が唯一、一日、私にとっては一回を辛く無く過ごす方法になってしまっています。

多くの人はこのような中で生きているのだとは思うのですが、私にとっては生き甲斐もある訳ではでは無く、より一層無機質な日々になってしまっているのでしょう。

しかし、書こうと題材を探してもこれと言ってないので、またしばらく書かないままになってしますでしょう。
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とりあえず何か書いてみた。 

転勤して来てから、今まで以上にやる事が無くなってしまいました。

特に無趣味になってしまった私には転勤によって、それが加速したのが良く分かります。会社までは松葉杖を使わなくなり、代わりに自転車になったので、通勤時間は10分。

その行き帰りの間には、小さな食料品店が一軒。二日に一回夜食を買います。そして家に帰ってきてお風呂に入って、夕飯食べて一日の終わり。あとはウダウダパソコンでhulu見たり、youtube見たり。でも最近はそれさえも面白く無くなって来ました。

そして朝起きて、ギリギリまで布団の中で過ごし、また自転車で会社行って本当につまらない仕事して。

こんな毎日の繰り返し。唯一の良いとろころ、本当に何もする事がないのでお金は貯まるかもしれない事です。

そんな中で考えてしまいのが人生の意味。何で、何の為に生きているんだろう?とふと思ってしまいます。

保険金を計算すると、今死んでも、これから働いて子供に渡す額よりも遥かに多いんです。ついついこんな事が頭をよぎります。

そうかと言って、希死念慮みたいな感覚は出ずに自殺はしようとは思っていません。それに自殺は周りが鬱で自殺した人を何人んか見ているので自殺はしようとは思わなくなっています。

しかし、このまま生き続けるのはどうかと毎日考えてしまいます。

東京にいるときは、きっとなんだかんだで刺激があったのでしょう。もう少し前向きだった気がします。

今の仕事から抜ければ、もう少しマシになるんでしょうか?

本当にネガティブな事しか書く事がありませんし、そもそも書く事がありません。

次にブログを書くにはいつのことになるでしょう?
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バスの旅の続きと東京 

なんだかんだで、着いてみるとバスの旅はなかなか快適でした。時間はかかりましたが、三列シートと言う贅沢をしたので、隣の人も気にならず。
思ってたよりも疲れもありませんでしたし。強いて言うなら、とにかく暇つぶしが厄介だったくらいでしょうか。眠れれば良いんでしょうが、やはり睡眠薬を飲まないと寝れない体質になっているので。
今は帰りのバスの中ですが、行きのバスよりは少しだけ狭い気がしますが、直行便みたいで一時間半くらい早く着きます。
これなら次のバスの旅もなんとか凌げそうです。そのバスの旅は、仙台から東京に深夜バスで戻ってきて、朝一番のバスで青森まで向かう、と言うなんとも無謀な行程です。転勤の話が出る前に予約してしまった子供との旅行ですから…
1ヶ月ぶりに戻った東京ですが、たった1ヶ月離れていただけでも随分と捉え方が変わってしまったのに気がつきました。
一番大きなギャップは人の多さ。転勤先は仙台とは言え、中心部から離れているし、住んでる人のほとんどが車で移動しているので、歩いている人を見るのは、かなり稀です。会社から自宅まで30分かけて歩いても、人にすれ違う事もない時がありましたし。
しかし東京は、なんと言う人の多さ。こんな所に住んでいたんだ、と思ってしまいました。しかもその人の多さが夜になっても途切れない。夜の12時近くになっても山手線なんて座れない。分かってはいましたが他を知ってしまうと、ちょっと新鮮に驚きを感じました。
次のギャップは、お金の使う場所、と言うかお店の数。今住んでいる場所は何度も書いてしまいますが、会社から自宅まで、歩いて行ってるのですが、お金を使う場所はその間に3箇所。自動販売機だけ。
しかし東京は凄い。どこに行っても歩いていれば物凄いお店の数。新宿にご飯を食べに行ったんですが、眩しいばかりのネオンの数とお店の数。これも知ってはいたものの、不思議とビックリ。宣伝広告の数も半端じゃなく、誘惑だらけ。
禁欲しょう、貯金しょうと思っていた私もついつい予定以上にお金を使ってしまいました。
今住んでいる所は、お金を使う場所もありませんし、オシャレなんて気にもしなくて良いので、お金の使い道がありません。
お金を使える場所は、せいぜい家から10分歩いたセブンイレブンだけ。歩いていても誘惑されるような宣伝そのものがありません。
お金に対する意識がまるで違ってしまいます。今住んでいる所は知り合いもいませんので、遠出する事もなく、禁欲しなくても自然と欲が無くなる生活になってしまいます。
田舎に行けば、それほどお金を必要としない生活を送れるのも納得です。それに輪をかけて車が無ければ、本当にお金を使いません。
引越しして一番お金を使ったのは、足の怪我の病院代、となんともおかしな現象に。
それまでは田舎に行く時でもお金が必要だろうな、と思っていましたが、それはあくまでも東京の感覚です。田舎に行ってしまえばお金を使う場所が無いのだから必要ないですし、年とともに宣伝広告に触れなければ、取り立てて欲望も出て来ません。
こんな印象を強く感じてしまったある意味での帰省でした。帰る所は無いのですが…行ったと言うのも違和感がありますし…
戻ったら、また自然と欲や興味も再びとざされるのでしょう。夏休みも明日で終わり。今日からまたセブンイレブンだけの生活。
とてもギャップを分析するのが楽しい夏休みになりました。
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